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2011年9月15日木曜日

人気記事

別ブログの記事でありますが、今年の前半にアクセス数の多かったものwご紹介。

まずは、

(知財専門家が教えない)特許のホントの話


米国の個人発明家が特許出願の経験を通して学んだことを書籍にまとめたものを紹介しました。大企業からの継続的な仕事の依頼をよしとしている人には、ご自身の仕事感覚を客観的に見直すには、とてもよい書籍だと思い、紹介いたしました。また、近年、なにかと知財コンサルを標榜する人が増えたことにも関連して、個人発明家の視点を知ることは、サービス提供において非常に有益と思いました。


知財より大切なものがある


私は、アンチ知財というわけではありませんが、この業界にいると、
「刷り込みされているな~」
と感じられずにはいられない人をよく見かけます。

あのHarvard Business Reviewが、構造化されたナレッジであるIPの重要性を認識しつつも、その流動性故の流出や訴訟コストの観点から、IPよりももっと大切なディープ・ナレッジがあることを説いた記事を紹介しました。

知財コンサルを標榜する人には、備えていてほしい考え方です。


人の間の対立構造

意思決定が行われる際には、人の考え方、価値観、好み、気質等の要素が大きく影響している。いい意味でも、悪い意味でも、意思決定にはバイアスがかかるものだ。そして意思決定の過程において人同士の対立が生じることは、多くの方が経験することであろう。人は同じ物を見ていてもその異なった側面に注目したり、異なったフレームワークを用いてその物を把握するからだ。互いに相容れないものの見方をしているとき、人は互いにそれを「固定観念」と呼ぶ。このような問題を「人の多様性」と「柔軟性の欠如」と括ってしまえば話は簡単であるが、人同士の対立構造をもっとわかりやすく説明する概念はないのであろうか? 

世の中で人を分類するのによく使われる指標として、

「ゼネラリスト v.s. スペシャリスト」

というものがある。

専門性の有無(又は多少)という座標軸をもとに人材間に対立構造をとらせてみると、日本企業においてはゼネラリストとスペシャリストとの間には、多くの場合に
権限の有無という、もう一つの対立構造と重なる場合が多いのではなかろうか? 日本企業では一般にゼネラリストがCommand&Control型のトップ・ダウン的な意思決定プロセスの上位の人材となっている場合が多く見受けられる。(実質的に日本ではボトムアップという見方もできるが、組織の形態上は階層性という点においてトップダウンとみなせるであろう。)

そしてもう一方のスペシャリスト達はゼネラリスト達に束ねられる、特定分野の業務をこなす人材であろう。組織の階層性というフレームワークで見た場合、スペシャリスト達はその中に取り込まれているが、本来、彼らはFreedom & Responsibility型の仕事を好み、Peer Review(同業者らからの評価)をむしろ好む傾向にある。特定機能に特化した業務は、外部において独立した組織として存在することがその証左であろう。

Command&Control型のゼネラリスト達は、強制的又は半強制的に他人へ仕事を委託する。少なくともそいうった性質を多く備えていると私は考えている。権限についての階層性の存在する会社内で上司が部下に仕事を委任するのは、いわば職務上の強制的な受け渡しである点には異論はなかろう。一方、自分の監督下にない他部門への委任は、職務上の半強制的な委任であろう。自己の部門と委任先の部門とを束ねる上司を経由して受け渡しが行われる。

このような立場におかれるゼネラリストは、人や部門同士の調整(根回し等)を図ることがその者の重要な任務といえる。

一方、Freedom&Responsibility型であるスペシャリスト達は、自分の専門領域において自らが目標を達成することは、本来、他人に律せられるのではなく、自律的に臨むものである。もし、そのような目標達成ができないようであれば自身の存在意義にかかわり、また目標達成できないことを恥と考えるであろう。ここには、(自分の専門分野に関して)他人に委任することで責任を回避するという行動は本質的にはなじみにくい。そして自分の専門分野においては、どのような対象について、どのような行動を起こすころで仕事を遂行していくのか、即ちワークフローを意識して自律的に行動することが重要な任務であろう。

このように人材を対比させて整理してみると、ゼネラリスト達が行う委任という行為は、「主体(人)」同士の結びつきに関わるものであり、各主体がどのようなプロセスで行うかよりも、どのような結果がもたらせるか(どのような「状態」にしてもらえるのか)を、より重要視している。プロセスを気にするのであれば、自らの管理下で自己責任のもとに行うほうが管理がしやすいからだ。一方、スペシャリスト達は、より客観的に捉えられる「対象物」や「アクション」を重要視するであろう。

このような観点からは、私は人材を次のように分類できるると考えている。

------------------------------------------------
Subject(主体)指向 v.s. Object(対象物)指向
又は
State(状態)指向 v.s. Action(行動)指向
------------------------------------------------

もちろん、全ての人が、二つの分類のどちらかだけに属するということではない。スペシャリスト的な人材が、自分の専門分野以外の事柄でゼネラリスト的に他人に委任するということは、よくある話であるし、ゼネラリスト的人材が、仕事以外の趣味の面などでスペシャリストであることなども十分にありえる。あくまでも、このような視点・フレームワークで見ると、意思決定における行動様式の特徴がよくわかるのではないかという提言である。

2011年8月10日水曜日

読まれるOutput!

「需給バランスに徹底的にこだわること」


との指摘がある。


この点について、知財人は本質的に意識していない人が多いと思う。


伝統的知財関連業務においては、すでに仕事のフローが確立されているため、


日頃の業務において、需要と供給の関係を考える機会が必要ないからだ。




これを意識するためには、ブログを書いてみたり、種々の情報提供をTwitter


などを通じて行ってみるのがよい。


自分の関心領域と、自分を取り巻くネットワーク内での関心領域の違い。


これを意識できるかどうかは、自分の専門領域の成果を、


専門外の人間にうまく説明し、活用してもらう訓練となるはずだ。


こういった行動をとっているか否かで、


その知財人が、我田引水的な知財志向的な仕事をしているにすぎないか、


それとも、ビジネスに役立てられるリソースとしての知財を


組織内に広く知らしめることが可能か、

大きな違いがでてくるだろう。













2011年8月9日火曜日

知財関係者のタイプ分類

日頃、知財関連部門の人間と接する機会が多いので、

彼(女)らを、いくつかのタイプに分類してみた。


1.調整型

レベルの高い人、低い人がそれぞれいますが、

レベルの高い人は、リエゾン的役目をよく理解されています。

自らの専門知識を必要以上に高めることはせず、

必要に応じて、しかるべき人間から情報やコメントを

引き出すのに長けています。

一方、レベルの低い人は、研究開発の人間と、特許事務所等の

知財サービス提供者との連絡係にすぎません。

柔軟な対応が全くできず、常に責任回避型の行動をとります。


2.とりあえず型

特に知財に興味があったわけではないが、

配属先がたまたま知財関係部署だったという方。

知財の専門書等は特に読まず、弁理士試験を目指すわけでも

ありません。

社内の規定を守って、流れ作業的な仕事をしている感じがします。


3.弁理士試験受験型

とにかく、業界知識を身につけて、早く業界人になろうとするタイプ。

技術者からのコメントをもとに外部へ情報を提供する際には、

「・・・と思料いたします」などという文体を使って、

コメントしてきます。


4.上がり型

自分は弁理士だし、社内でも一目置かれている存在であることを

自負するタイプ。

技術者からの情報も、外部の特許事務所からの情報も、

常に上から目線でコメント。

知財関係の知識は、そこそこ広く習得したので、

自らの学習意欲を満たし、自尊心を保つため、

色々な分野の勉強を始めたりします。

傾向としては、判例や外国法等の法律系に走る人と、

技術経営等の経営系に走る人とがいます。

後者は、2000年代前半から少しづつ増えてきています。



目立ったタイプとしては、こんな感じです。

みなさんの印象はいかがでしょうか?

2011年8月2日火曜日

CIPOに求められる特徴・属性

CIPOは様々な用語の省略型であるが、

知財人には、Chief Intellectual Property Officerとして

認識されていると思われる。

本日は、CIPOについて。



日経BP知財AwarenessのCIPOフォーラムには、

CIPOフォーラム設立の目的が次のように記載されている。

“知財を生かした経営”もしくは“経営を意識した知財戦略”を実現するためには,知財の専門知識だけを理解した知財担当者が立案できる従来型の知財戦略(知財自体のマネジメント)では不十分である。すなわち,経営と知財の両方に精通して一貫性を持った戦略を立てられる「CIPO(chief intellectual property officer)」が,経営視点から知財をとらえ直し,経営と知財を密接にリンクさせた形で知財経営戦略を立案する必要がある。
「従来型の知財戦略では不十分である」としつつも、

フォーラム内の記事を見てみると、

大半が法制度の話であり、

フォーラムの目的と乖離したコンテンツを提供している始末である。

いくら目的を掲げても、これでは推進できないであろう。


同じく日経BPの記事では、

著名なキャノンの丸島氏へのインタビューを通じて、

CIPOに必要な能力について述べているが、こちらはかなりまとも。

具体的な能力として、丸島氏は次の3つを挙げている。


  1. 知財を事業の観点からみることが可能な人材であること
  2. 研究開発⇒権利取得⇒活用の知財創造サイクルの全てに対応可能な人材であること
  3. 知財創造サイクルの核になって、そのサイクルを大きく回せる人材であること


他にも、知財部は知財部のためだけに仕事してはいけないとか、

R&D部門、事業部門と知財部門とが協調・連携した三位一体の

活動をする必要があるとか、

基本的なことが述べらている。


しかし、実際にどのような人間が、どのように進めていけばよいのか、

という具体性に欠ける記事でもある。


海外でも、CIPOという名称が認識されているようであり、

簡潔にまとめられている記事では、

CIPOに必要な特徴(属性)として、次の5つが挙げられている


  1. シニアの要職に就く人材であること
  2. 交渉力のある人材であること
  3. 互いに独立した様々な「知」をまとめ上げることができる人材であること
  4. 実行力がある人材であること
  5. 法律の知識があること



まず、3と5を見てほしい。

法律の知識を有しつつも、それに固執することなく、また、

他分野の知識をも統合することができるということを。

これは、一言でいうと、

物事を俯瞰できる能力を有することといえるであろう。


この俯瞰する能力は、個々人の能力として備わっている

人間固有の能力と思える。また、2の交渉力についても、同様に

人間固有の能力であると考えれる。

そうすると、属性に基づいて最適の人材が居れさえすれば

よいように思える。

だが、実際には、組織上のバックアップが必要であることが、

1をみるとわかるであろう。

1~5の順序は、この記事では意味を持っている。


客観的にどんなに正しい結論を導こうとも、

組織内の部門間の対立や、利害関係がある場においては、

組織全体にとって正しい意思決定を行うことは難しい。

だからこそ、トップの直属の要職である必要がある。



要職に就く者であるからこそ、

CTO、CLO、CFO等のCxO人材との関わりが持てる。

そういった異なるバックグラウンドを持った人材との

交渉力が次に求められる資質である。



この参考資料では、CIPOが担うべき実務として、

IP Protectionや、IP Litigationを含めている。

だが、実際のところ、大企業の場合に、

出願件数が多く、また訴訟に巻き込まれた場合や、事前に予防する場合

の全てにCIPOが直接的に関与することは、

時間的に困難ではなかろうか?



従って、伝統的な手続主体の知財部門は依然として重要であり、

むしろ知財部門はCIPOなど目指さずに、伝統業務に集中すべき

ともいえる。

一方で、CIPOにはCxOレベルの人間に知財を経営の言葉に翻訳して

語る能力が重要と考えられるが、これは伝統的業務の経験を通じては

習得は難しいであろう。


日本に限らず、IPの実務家は、この部分の能力開発に疎いのが

実情ではなかろうか?


伝統的業務の知識を有しているというプライドを捨てずに、

CIPOになることはできない。


知財部門の正統派人材からCIPOを抜擢するのは、

多くの場合、本来期待されるようには、うまくはいかないであろう。

2011年8月1日月曜日

知財とモデリング

本Blogにおいて、数回、モデルやモデリングについて書いてきた。

参考1 参考2 参考3

今日は、プロセスのモデリングについて。



プロセスに関するモデリングについては、

知財業界人は、あまり興味を示さないという印象がある。

理由の一つには、

プロセスの特許は、侵害の発見が難しいという、

この業界特有の事情があるのが関係しているように思える。

権利として価値が高くはないので、

仕事上も、あまり力が入らない

ということであろうか。

明細書でも、前半のプロダクトクレームは

気合いが入っているが、

最後にちょろっと、プロセスクレームが付いていることは

特許出願において良く見られる現象だ。

(文言が少ない方が、権利範囲としては広くて好ましい

という知財業界特有の事情もあることにはあるが)


果してこのような仕事を行う人間が、

知財コンサルという形で顧客のビジネスに向き合った時に、

顧客のビジネスプロセスにどれほどの価値を提供できるのであろうか。


実際に、多くの知財業界の人間が自らの価値を顧客に提供する際、

物や、物の権利を、議論の中心に据えてしまうのが現実だ。


「この技術を生かして製品を開発すべき」

「この製品をカバーする権利を取得しましょう」

「そして、その権利を積極的に活用しましょう」

等、が知財人の典型的な反応であろう。


これらは知財部門の業務として個々で見た場合には、

なんら悪いことではない。

だからこそ、このこと自体が、知財人を介した

知財コンサルの成果をよいものにすることを困難にしている。

このことをうすうす感じている知財人もいるが、

どうもプライドが邪魔しているようだ。



知財中心の考え方に固執する限り、

市場や経営上のニーズを捉え、

これらに対応していくために、

社内に柔軟なアクションを起こさせることは難しい。

実際に、知財が中心になり

社内の種々の部門を一つにさせることは、

手法的にも、人材的にも困難であろう。



そもそも知財という、とっつきにくい概念を中心に据えてしまうと、

ビジネスのプロセスとして、誰が、いつ、何を、どのようにするのか、

というアクション志向での議論を開始しにくい。



知財業界人が思っているほど、部外の人間は、知財を中心には

持ってきたがらないし、持ってきたとしても、

「知財の問題なんだから、知財部がやってよね」

という他人任せの潜在意識があり、

事は一筋縄ではいかない。


そう、この他人任せの現況が、

「知財」という衣をかぶった実体によりもたらされていることを、

知財人は、もっと認識すべきであろう。


集まった人間の中で、知財の知識も経験も豊富なのは、

知財人だ。

だが、ビジネスを作り出そうとする場では、

それは、心の奥底に閉まっておこう。

・・・・・・・・・

ビジネス開発には、製品・サービスのビジョンが必要である。

そのビジョン如何によっては、製品・サービスのスペックや、

対象とする顧客が異なってくる。

当然、そのための社内外のプロセスも柔軟に対応させる必要がある。



そこにおいて、知財や技術は、点にすぎない。

点と点を結んで線とし、

線と線を結んで面とすることでビジネスの構成が成り立ってゆく。

その中で点である知財や技術は、場合によっては

他の点で取って代わられる物でありうる。


このようなプロセスにおいて、

知財を知財として意識せずに、

議論をスムーズに行わせるためには、

自身の専門分野での物事を編集して、

部外者に取り扱いやすい形体で提供する必要があることは、

賢明な読者ならば自明なことであるとわかるであろう。

・・・・・・・・

Wikipedia:ビジネスプロセスモデリング より抜粋
ビジネスプロセスは特定の顧客のため、特定のサービスまたはプロダクト(特定化された目標)を創り出すために関係づけられ、構造化されたアクティビティまたはタスクの集合である。ビジネスプロセスはそれら自身の属性を持つ、複数のサブプロセスに分割できるが、しかしスーパープロセスの目標を達成するため貢献する。

プロダクトやサービスを提供するビジネスのプロセスにおいて、

技術だの、知財だのは、直接的には語られていない。


さあ、どうする、知財人。


自らビジネスプロセスの中に飛び込める人材になるか、

既存の伝統的な特許出願の業務として、

ビジネスのプロセスから外れた領域で、

しこしこと仕事する人間になるか。

両者を分けるポイントは、

ビジネスのモデリングを行う力であると私は考えます。

2011年7月29日金曜日

7月のアクセスランキング

今月から始めたこのブログですが、

まだ、コメントを頂戴できるレベルにまでは到達しておりません。

タイトルに"Drafts"とあるように、出来栄えよりも、

とりあえずOutputすることに注力しています。

基本的に知財に関連しつつも、伝統的な領域外を対象とした

事柄について書いています。



今月のアクセス状況は下記の通りでした。

第1位

「研究開発とパテント・トロール」

パテント・トロールという言葉に惹かれたものと思われますが、

みなさん、技術や知財の活用についての関心が高いと思われます。

性悪説的なトロールに対して、良い印象を持たれてはいないことと

思われますが、伝統的な知財の知識をもとにするだけでは、

結局はトロールと同じ穴のむじなに過ぎないというのが私の考えです。

「二律背反的な状況を嫌うと、

知財人はどういった行動にでるか?」


安心を求めて、権威ある方に向いてしまう方が多いでしょう。

判例に走る人、外国法に走る人、別の資格に走る人。

それぞれ確固たる目的があればよいのですが、

格を高めたところで、技術の事業化とは直接は関係ありません。

むしろ専門性を脱することこそ、

専門家が事業化の輪に入れてもらうためには必要です。

知財人へ

「自分の知らないことについて議論することができますか?」



第2位

「知財人の言い訳」

常々感じていることを簡単にまとめてみました。

以前、Twitterでのやりとりで、

「知財人というのは、物事の中心に知財、とにかく知財をもってくる性分がある」

ということを呟いた方がいらっしゃいました。

知財というのは、物事の属性の一部に過ぎず、

全体(システム)における、その物事の意味、周囲との関係性等を

考慮しなければ、事業構築という統合行為は行えないと考えています。


第3位

「特許業界とオフショア」
「コアの定義って、人により様々」

オフショア・・・の方については、

日本の知財業界の人材は、

伝統的な仕事のやり取りを通じた側面以外で、

あまり海外とは通じていないという考えが私にはありましたので、

これについて書いてみました。

特許事務所のHPを見ても、海外に情報発信している

と認定できるところは、かなり少数派です。

単に英語で事務所の紹介をしているだけでは、

情報発信とは考えません。

言語の壁があるとしても、

日本はやはり、この業界もガラパゴス化しているのではないか?

と思います。


コアの定義・・・の方は、

タイトルを読んでそのままの意味です。

例えば伝統的な知財業務をされている方がよく使う、

「上位概念・下位概念」

これについての明確な定義をされている方に、

私はいままで一度も出会ったことはありません。

常識や専門性に頼ることで、

物事を効率よく進めることが可能になるのは事実ですが、

これはフレームワークを強要することを意味しており、

異なる視点での議論をファシリテーションすることを

知財業界人は苦手としていることと、

相関があるように、私には思われます。

2011年7月28日木曜日

研究開発とパテント・トロール

研究開発に携わる人間のマインドセットは、

「人の役に立つ仕事をする」

であろう。

一方、パテント・トロールに携わる人間のマインドセットは、

「人の嫌がる仕事をする」

ではなかろうか?



どちらも、少々度が過ぎる表現かもしれないが、

二種類の職業を対比すると、

こういった表現が端的でわかりやすい。


パテントトロールとの対比では性善説で捉えた研究開発も、

もちろん、問題がないわけではない。



誰が方向を制御するのだろう?


ビジネスを度外視して、研究者の自発性に任せているだけでは、

製品やサービス、ビジネスへと成果を統合することはできない。

逆に、過度の制御は、研究開発の芽を摘んでしまう。


どちらにするか迷って、自分は何もできないのなら、

研究開発やビジネス等に関わるのはやめた方がよかろう。

知財の知識を活用して、パテント・トロールでも始めるがよい。



技術の畑から市場の畑へと道を切り開くには、

様々な分岐点が待ち受けている。

顧客の声をもっと聞くべきか、技術の潜在能力を発揮させるべきか?

新規ビジネスを立ち上げるべきか、既存ビジネスを死守していくべきか?

多角化すべきか、集中すべきか?


など、例を挙げればきりがない。

こういった「二律背反」的問題に対処する術を

知財業界人は持っているのだろうか?

持っていないのなら、自らの力で学んだことはあるのだろうか?


二律背反的問題に接したとき、

日本的な解決法ほうとして、

ネガティブな意味でのトレードオフを探ったり、

いわゆる喧嘩両成敗的に、両者の中間点をとって、

組織内の部門対立の問題としてしまい、

結果、玉虫色の決着を図ることが多いであろう。

何れも、人の間の調整を図るという視点に立った行動である。

このような方法論では、できないこと、嫌がることを回避することが

行動の中心となりやすい。

しかし、真にイノベーションを行っていくには、

できるためには、何をすることが必要なのか?

といった、Action志向、目的志向で行動することが必要なはずである。

2011年7月27日水曜日

特許業界とオフショア

プロフェッショナル人材のSNSに、

特許のオフショア関連のグループというものがあった。

参加者の国名をみると、どこも日米欧以外の

比較的マイナーな国の人が多い。

国内での仕事があまり多くはない分、

自然と自国外へと目が向くのであろう。



現在、日本国内の特許出願が減少傾向にあることが

指摘されているが、今後の日本の経済が戦後のように

発展することはないと考えると、いずれ日本も、

このようなマイナーな国になってしまう可能性は否定できない。

その時、果して日本の特許業界人はグローバルな環境で

生き残り、貢献できるのであろうかと疑問に思った。



Twitter、Tumblr、Linkedin等を活用し、

日本語と英語で、情報を発信しているが、

英語での情報発信を積極的に行っている人は、

日本や韓国ではまだまだ少数派のようだ。

私の経験上、日本語での発信は、最もネットワークの構築が鈍い。

もちろん、扱っているトピックの問題もあろうが、

ソーシャルな関わり方については、日本語を利用した環境は、

言語の問題はおいておいて、そもそも、内向きな性質を

利用者に帯びさせているように思えてならない。


特許業界の人間が置かれている環境は、

まだ、目を外に向けさせる程ではないのかもしれない。

2011年7月26日火曜日

新規事業開発と人工知能

何の関係が? と思うかもしれませんが、

両者の間には共通点があるように私は考えています。

人工知能が問題解決をする際に、

「フレーム問題」という問題が存在することをご存じでしょうか?

たとえば、これとかこれを読んでみてください。

大雑把に言うと、

人工知能は問題解決の際に、環境中の様々な要素が、

考慮すべきものなのか、考慮しなくてもよいものなのかを、

効率的に処理することはできない

ということなのです。


新規事業開発は人間が行うので、人間が処理することになりますが、

技術が絡んだ場合、何をどこまで検討するのかは、

技術の不確実性や、ビジネスの立ちあがりの不確実性等と

あいまって、人工知能のフレーム問題と似た様相を呈しているのです。



その中で重要となる用語に、

アフォーダンス

という認知科学の言葉があります。



これは私が新規事業開発の方法論を開発していた

10年前位にたどりついた概念。

人間には、この能力が潜在的に備わっていて、

関係するものを見抜くことが可能なのです。

しかし、このアフォーダンスを活用することを妨げる要因が存在します。

それは、固定観念。

実務に置き換えた場合、

特定分野の専門知識ともいえるでしょう。

専門知識自体が悪いわけではなく、

それを適用する人の頭な柔らかさ、固さが問題です。

専門家を集めて何か新しいことを始めよう!

と聞いて、「そんなことは、やめておいた方がよい」

と貴方がもし感じているならば、貴方にはアフォーダンスの意味が、

潜在的にわかっているはずです。


新規事業開発に、士業さんをはじめとする人材を登用する場合には、

その人の行動や思考を判断しないと、とても危険です。

新たな事業を本気で始めたい場合には、

むしろ素人集団の発想が有効であることも多いです。

特にB to Cのビジネスの場合、士業さんを初期的段階で入れてしまうと

どうしても手続志向になってしまうので、要注意です。

2011年7月25日月曜日

インターフェース

知財コンサルを行っている人、行おうとしている人は、

顧客とのインターフェースをどのように考えているでしょうか?


技術? 知財? 製品やサービス? 事業そのもの?

これはコンサルを行う相手が、

組織のどの部分にいるかによって大きく違います。



知財コンサルを行う人、目指す人はいずれも知財業界での

経験者が多いようですが、相手が知財部以外の人である場合、

困惑するのは、まず、相手が今までの顧客とは異なり、

知財に関するバックグラウンドが少ないか、

または皆無であることです。


この場合、今までの知財部担当者と違って、

発明を起点とした話をするのが難しい。

知財部の外にでたら、発明に興味を持つ人なんて

ほとんどいないものです。

発明や特許の話をしようものなら、

無視される、話を逸らされる、目の前で居眠りされる、

イライラされる、しまいには怒られる

なんてことが大半だと思った方がいい。


発明の保護から活用へ


なんて一般論しかできないようでは、

知財部以外の部署の人間を巻き込むのは

無理といってもよいでしょう。

2011年7月22日金曜日

モデリング(2)

モデルには、複数の種類があるというのをご存知だろうか?

(1) 記号モデル

数学や論理学で記号を使って記述する場合のモデル

(2) アナログモデル

実体の、ある性質を、意味のある他の性質によって現す場合のモデル

(3) アイコニックモデル

理想化したものであり、実在の代わりに用いられるモデル


「モデル」と聞くと、ファッション・モデルや、

モデル・ルームに代表されるがごとく、

理想化されたものを連想しやすい。そのため、

多くの人は、モデルと聞くと

(3)のアイコニックモデルを連想しやすい。


(2)の場合はどうであろうか?

代表例は、アナログの時計だ。

(2)と(3)のモデルが一般の人の頭には深く刻まれている。


(1)の記号モデルだが、数学や論理学という言葉から、

(3)のアイコニックモデルにおける理想化とか、

完璧ということを連想しがちだ。


実は、ビジネスモデルという場合のモデルは、

(1)の記号モデルに分類すべきものなのだが、

一般人の考え方の影響か、

完璧なものでなくてはならないという

誤った印象がまかり通っている。


ビジネスモデルも、(1)の記号モデルのように、

意味をもったモノを記述したモデルであって、

議論の対象物なのだ。

即ち、最初から完璧であったり、

理想化されていて、非の打ちどころがないものでは、

決してないのだ。



高学歴且つ専門性を持った人間集団を前に、

プレゼンを行った人はいないだろうか?

そこで自前の考えや、モデルを彼らに提示したとき、

おそらく部分的な欠陥をもとに、

モデル全体を否定された経験のある人は多いであろう。

聴衆は、モデルを理想化したものであって、議論の叩き台としては

認識していないのだ。

そして会場全体に

「中途半端なものを提示しやがって、だめなやつだ」

という空気を醸し出す結果となる。


こういった日本の会社における当たり前の光景は、

リスク志向で漸進していく起業家精神を持った者を

いかに応援しない環境であるかを物語っている。

2011年7月21日木曜日

モデリング

先日、「モデル」というタイトルで

技術の活用における不確実性や、

マーケットへの対応への不透明性という観点から、

議論のためのモデルという概念について書きました。


本日はもう少し具体的に。

世の中、多くの人は専門性があることを良しとする風潮があります。

しかし、これを客観的に見た場合に、

相手に丸投げできるかどうか?

という視点で人間を見ているに過ぎないと私は考えます。


ビジネスを作り上げるという点においては、はたして専門家と言える

人間はいるのでしょうか?

右肩上がりの経済では、他に追随していくだけで、

売上を伸ばすことは難しくはなかったかもしれません。

ですが、新規のビジネスの根底には起業家精神が必要なはずです。

ビジネスの活動をモデリングするということは、

専門家に任せるのではなく、自ら築き上げていく際に、

思考の助けになるのみならず、

他の者との協働に影響を与えるものなのです。


他の者との協働において問題となるのが、

「視点の違い」

です。

例えば、

「電子回路作成技術」

と聞くと、大抵は、

「電子回路を作成する技術」

と捉えるはずです。

これは、以前、デジタルとアナログのInputとOutput(2)において

動詞+目的語

で意味空間として物事を把握するとよい、ということに対応しています。

確かにその通りなのですが、

・基板に素子を接続すること

と捉えることも、

・基板上の回路に新たな電気特性を付与すること

と捉えることも可能なのです。

このように、一つの物事をもってしても、その捉え方は唯一ではなく、

とうぜん、物事の初期段階の捉え方の違いが、

その後の活動を大きく左右することはご理解いただけるでしょう。

だからこそ、捉えた対象物を、

特定の技術分野の知識を駆使して表現するのではなく、

システムとしてのビジネスをモデリングにより表現し、

これを関係者間で共有することが必要なのです。


上記で構造的な捉え方をする場合には、

当然、物を生産すること中心に据えており、

その機能については、

付随的、外部から提供されるべきものと捉えていることが多いでしょう。

一方、機能的な捉え方をする場合には、

物を実際に生産する行為自体よりも、バリューチェーンの中での

自社の特徴を把握しようとしているともいえます。



表現の違いに、その表現した者の把握の背景が現れていて、


その背景が、他の者の把握の仕方に影響するのです。



特許実務におけるクレームの解釈についての知識は、

審査や訴訟においては必須のものでしょうが、

その知識は、技術をビジネスにつなげていく際には、

障害となりえるものだと思います。



知財人が

発明の創出⇒発明の保護⇒発明の活用

といった流れで、発明や特許という概念を中心に据えていることは、

物事の捉え方に硬直性を与えてしまう原因の一つ

であることが多いようです。



近年、知財コンサルティングを標榜する特許事務所が増えている感が

ありますが、果して、彼らのモデリング能力はどれほどのものでしょうか?

2011年7月20日水曜日

デジタルとアナログのInputとOutput(3)

先日、"Input"と、"処理"について書きました。

情報収集は、RSS Feedsを活用し、

Inputを二段階で行うこと、

そして収集したデジタル情報をルーチンとして

検索すること、

処理については、

動詞+目的語によって、

自己の意味空間として構造化しておくこと。

これがキモでした。

本日は、Outputについて。

意味空間ができていれば、あとは簡単なはず。

意味空間を対象として把握したときに、

自分が感じること、考えたことを

事あるごとにメモするのです。

メモにはEvernoteを活用しています。

ただ、Evernoteにとったメモも、所詮はInput的存在なので、

これもルーチンとして検索するのです。

Outputの段階でも、やはり、

Input収集⇒整理

という工程を行うわけです。

このようにして蓄積された情報は、

もはや単なるデータではなく、

自分の意味空間というコンテキストにおける

意味ある情報・コンテンツとなっています。

そしてこのコンテキストとコンテンツを、

アナログ的な方法で整理しつつ、構造化します。

あとは、Blogなり、Twitterなり、自分の好みのメディアを通じて

アウトプットするのです。

私はアナログ的な方法の整理を、

Moleskineを使ってます。

Moleskineに自分が書き込んだ事柄は、

自分の経験や考えをまとめた、かけがえのない財産です。


これもまた、その後の活動においては、Input情報として使えるのです。

つまり、Input⇒処理⇒Outputは、一度で終わりのものではなく、

操作として、その後の活動フェーズに移行しても、

続けていくべきものなのです。


みなさんの参考になりましたでしょうか?

2011年7月19日火曜日

就活生へ:なりたがるよりも、したがれ!

多国籍企業「日本人学生は要らない。インド、中国から雇う」の真実

 もともと多国籍企業では学卒をいきなりリクルーティングするという行動原理があんまない 日本人学生が駄目ってんじゃなくて、そもそもあんまり学生をいきなり採らない。「日本人学生を採用しないの?」と聴くと、たいてい「人材会社から経験のある日本人がいっぱい紹介されるのに、なんで経験のない、これから教育コストをかけなきゃいけない学生を採用するの? 不合理じゃね?」みたいな回答を良くされる。
日本の大学生は、就職というか、就社を、


すごろくの上がり

と考えているのかもしれない。

大学にも行ったんだから、できれば有名な企業にという考え方。

自分で自分の人生や職業実績を積み上げていくということに

あまり価値を置かないのかもしれない。

理系離れと言われる時代、仕方ない側面はあるけれど、

自分にとって全くの新しい分野で経験を積むことで、

それまでとは異なる世界観を得ることも可能だ。

日本の学生が優秀でないというよりも、そもそも社会に出ていないのだからスキルがゼロであって、高いカネをかけて採用するはずがないじゃないの

私は博士課程を修了して、研究をやらずに現在の業界に

入ったが、それはそれで、切り開いていく部分があった。

アホな上司の下でも、反面教師として学ぶべき点は

多々あった。

要は、なりたがる前に、自分でやってみること。 

2011年7月15日金曜日

デジタルとアナログのInputとOutput(2)

昨日はInputについて語りましたが、

今日はOutputの前段階の「処理」について。


以前、あの勝間さんの本で、

日本人はもっとアウトプットにこだわった方がいい

と書かれているのを読んだことがありました。

たしかに、日本人は勤勉ですから、

様々な情報を入手する努力を怠らないですよね。

これはこれで重要なのですが、頭の中は外から見えない。

それに、入れたつもりでも

ほとんど身についていないことが大半なんですよね。


だから、Inputはできるだけ気軽に行っておいて、

Outputする習慣を定期的に行うと、

周りから評価の対象となるのと同時に、

自分の中での理解も深まるのです。



Outputを積極的に行うためには、

まず、自分がInputとして集めた情報等について

頻繁に検索して、情報を自分の視点で整理しておくことが必要です。

検索のキモとしては、自分の興味ある対象を、

「意味空間」

として把握するということを、私は提唱しています。

日本人は興味ある対象を、

大抵はキーワードとしての名詞で把握していることが多いと思います。

物事をTopicとして捉えており、

主観の入る余地があるために、

その内容に自ずと幅が出てきてしまいます。


どのような視点で興味の対象を把握しようとしているのかが、

自分でもよくわからないのです。

そこで、自分が興味ある事柄は、

何を、どうする ことなのか?

これを意識するといいと考えます。


英語で表現しようとする場合、

動詞+目的語

ということになります。

例えば、日頃、「特許」というキーワードで

自分の興味を定義している場合、

おそらくは、

動詞=保護、 目的語=発明

という関係で捉えていると思われますが、

実際のところ、これだけが自分の興味の対象なのか、

それとも、動詞=活用、利用にも興味があるのか、

あるいは、目的語=著作物にも興味があるのか

こういったことを自然と意識するようになれるわけです。

更には、活用や利用とは、訴訟のことを意味しているのか、

それともビジネスとしての活用のことを意味しているのか、

こういったことを考えることで、

自分としての物事の捉え方が明確になっていきます。

このような目的意識は、Inputとしての情報検索の際や、

実際に収集して得た情報を整理する際の、

非常に有効な整理手段となりえるわけです。

このような整理手段を持つということは、

自分自身が興味の対象について

構造化して把握すること、

即ち、意味空間を持つことになります。


このような意味空間をもち、

世の中の情報を検索してみると、

自分の視点がどれほどユニークなのか、

共通した視点を持っている個人や集団がどこに存在しているのか、

こういったことが分かるようになります。

2011年7月14日木曜日

デジタルとアナログのInputとOutput

デジタル情報の爆発的な増大は、ブログやTwitterが盛んになってから顕著になったと思いますが、

処理するための時間を考慮すれば、情報量は無限大といってもよい位だと感じます。

これに対して人間の処理能力と興味は、悲しいかな、有限なので、

対応するには、それなりの方法が必要と思います。

【私の場合】

情報収集には、依然としてRSS Feedsを活用しています。

Google Readerに登録しているフィード数は、1000を超えていますが、

重要度や関心に応じて、クラスを5段階位に分類しています。

そうすれば、毎朝、電車の中でタイトルチェックは簡単です。

Bylineというアプリをipod touch+wifiで使い、

とりあえず興味あるものに、Starをつけます。


実は、このステップがキモなんですね。

興味があると思っていても、後から見たら、

なんでStarをつけたのかわからないことも結構あります。

これはちょうど、Evernoteで情報収集するときに、

一旦inboxに入れるのに相当すると私は考えています。

情報のinputを2段階で行うことで、情報のフィルタリングを行うわけです。

そして、あとから見直して検討する価値のあるもののみに集中します。

このような情報収集をデジタルで行うことのメリットは、

検索を行いやすいということです。

むしろ、収集よりもこの検索が、価値を生み出す源泉かもしれない。

Google Readerを使っているなら、定期的に検索を行うことをお勧めします。

日課や、週課、月課として検索を行うことを、私はルーチンとして行うよう努めています。

行うべきルーチンは、EvernoteのRoutineというフォルダに登録しておき、

事あるごとに見直しています。←これ、結構お勧めのLifehackです。


Twitterの呟きやRT、MentionについてもRSS化しておくと、

あとからGoogleReaderでの検索に引っかかりますので、いいですよ。



きょうは、Inputについて。後日、アウトプットについて書きたいと思います。

2011年7月13日水曜日

知財人の言い訳

・斬新さ


人の行動においては、無意識のうちに前提としていることがある。

知財人の場合、保護しようとする技術を斬新さで選別することは、

その者の意識の中に深く刷り込まれているともいえるであろう。

それがゆえに、日常の業務を円滑に行えることになっている。しかし

ビジネスとの接点においては、一度、自己を客観視する必要がある。


斬新であればあるほど、既存のシステムとの相性は悪い。

現行のシステムがよいものであればあるほど、斬新な技術を

世の中に出していくのには骨が折れるものである。

製造との接点、マーケットとの接点。

これらの接点においては、様々な知識を統合していく「知」が必要だ。

技術の斬新さは、全体の中の一部にすぎない。

理系オタクは、物事を深堀することにはなれている。

だが、

モノを統合して、複雑化し、システムを作り上げることは、どうだろう?

2011年7月12日火曜日

モデル

知財とビジネスの接点において「モデル」という概念を持ち出すことがある。

ところが、この概念が曲者であることが実に多い。

大抵の人はモデルに対して完璧であることを要求しているのが原因だ。

取り扱う事象を完全には捉えきれていないモノをモデルとして提示しようものなら、議論の参加者からの攻撃をうけてしまう。 

建設的ではない場において、そのような攻撃はそのモデルのみならず、提唱者の貢献までも「使い物にならん」というレッテルを貼ることになる。

しかし、よく考えてみたまえ。

知財に結実しているとはいえ、技術には活用において不確実性が存在しているという事実を。

製品の製造や、マーケットへの対応においては、とてつもなく大きな不確実性が存在しているのだ。

そのような状況において、完璧なモデルなどあり得ない。

むしろ、完璧でないからこそ、議論の呼び水となりえるのである。

2011年7月11日月曜日

コアの定義って、人により様々

「事業のコア」だとか、「コア技術」、「コアコンピタンス」という表現は、知財と事業との接点においてよくみられる表現である。

しかし、人によって使っている意味が異なることも多い。

点としてのコアであったり、線や面としてのコアであったりする。

点としての意味で使っている人には、

事業の線や面(二次元、三次元)の視点が欠けることが多い。

事業は、点としての技術や知財だけでは立ち行かない。

こう言われれば、そんなの当たり前と思う人は多いが、

知財の現場でバリュー・チェインを語る人を見かけたことはない。

時間の座標軸の視点も欠けることが多い。

あっても、せいぜい特許期間の20年という話ぐらいだろう。

「コア」という表現自体が、広がりを排除する傾向があるのではなかろうか?

そういった意味で、Platformという表現を使うことを私は提唱したい。

自社のコアというと、頑なに排他的行動を行うことと結びつくが、

Platformという表現だと、もちろん排他的な行動をとることも可能だが、

自社内外で利用する、利用してもらうという利用関係の発想を生みやすい。